ナルキッソス3rd 「死神の花嫁」
ナルキッソス3 Die Dritte Welt(通称ナルキ3)
「死神の花嫁」
タイトルがついていたはずなのにタイトルの印象が薄かったのは
最後まで「死神」も「花嫁」も登場しなかったせいだと思っていた。
「神の手」と呼ばれた外科医・高原は、
医師でありながら患者を救うことができない現実に直面し、
手術室で「殺してやれば 楽にしてやれるのに」と口にする。
発言を聞いたスタッフから噂は広がり、彼は「死神」と呼ばれるようになる。
その事件をきっかけに高原は勤務してい大学病院を辞め遠い病院に転属する。
「もし安楽死が治療として使われていたら先生はそれを使いますか」
「目に前に苦しんでいる人がいて 先生はあきらめることができますか」
「目の前で人が死んで 先生は笑えますか」
「私はあきらめなくちゃいけないんです」
「私は笑ってなくちゃいけないんです」
かつて勤務していた大学病院で、同じ病院の看護師だった海璃は尋ねた。
高原は答えられなかった。
高原自身、「死神」であることに抵抗し続けていたからだ。
しかし海璃は高原に「死神」を求めていた。
高原の転属と同時に海璃も病院を辞め、高原の部屋で同棲を始める。
いつも身を寄せ合って暮らした小さなアパートから、
高原の病院にほど近いマンションに引っ越した日、事件は起きる。
ナルキッソスで最初に疑問に思ったのが「なぜ7階なのか?」だった。
生きていくために戦う場所と、死への準備を始める場所が
同じ病棟の異なる階に存在することに違和感を覚えた。
「7階」と呼ばれる場所。
安佐乃志道が「この国のホスピスはホスピスではない」と弾劾する。
第1作目からの疑問がここで露わにされる。
安佐乃志道は高原が海璃を捨てたと責めた。
高原が自分が担当する肝癌の患者に「治療をしないと入院できない」
と説明するシーンがある。
「自ら望んでホスピスに入るものはいない」という
安佐乃志道が高原を責めた言葉への海璃の答えがここにあった。
海璃は自分の病気を知ったとき、死神と戦うことを望んだ。
死神に負けない、高原と強く生き抜くことを望んだ。
7階に行くこと・・・それは死神に自らを委ねること。
海璃が7階に行くことを受け入れたのは、それが
”高原と最後まで一緒にいられる唯一の方法”だったからだ。
自分のために高原が仕事を放棄するのは受け入れられない。
病院にいれば、たとえ一緒にはいられなくても
病室の空気に高原を感じることができる。
自分に施されるのが延命を目的としない終末医療であっても、
”治療”を受け続ける限り、この病院にいられる。
そして・・・死に怯えていた海璃は、死神を待っていたのではないか。
安佐乃志道は彼の妻の死神となった。
母を殺した父を「死神」と呼んだ海璃。
妻に続いて娘にも自らの手で安楽な死を与えようとした父。
「死神の花嫁」は夫の手で天国へ送り出された海璃の母ではなかったのか。
そして海璃自身が「死神の花嫁」となることを欲していたのではなかったか。
最後の仮退院で海璃は高原のプロポーズを拒んだ。
「家族」ではなく、医師と患者として最後を迎えることを選んだ。
高原は「死神」になれなかった。
海璃が待ち望んだ「死神」は来なかった。
今回の『ナルキッソス3rd』は、同じナルキッソスの世界観で
4人のライターによって描かれている。
とも氏によって描かれた1st、2ndで、主人公たちは死を淡々と受け入れていた。
死を感じさせる最後でありながら、奇妙な爽快感さえあった。
しかし本作のうちの1編、ごぉ氏によって描かれた「死神の花嫁」で
主人公は死に怯え、生に執着する。死にたくないと叫ぶ。
第1段階「否認」
第2段階「怒り」
第3段階「取引」
第4段階「抑鬱」
第5段階「受容」
作品の中で、死に行くことを受け入れる5つの段階について、
高原が終末医療に関する本を読むシーンがある。
第5段階の「受容」を描かなかったは、作者ごぉ氏の若さ故なのだろうか。
















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